熊谷守一ことば集



長生きのコツ

百日草
   学校の先生はしょっちゅう偉くなれ、偉くなれと言っていました。しかし私は人を押しのけて前に出るのが大嫌いでした。人と比べて、それよりも前の方に出ようというのがイヤなのです。偉くなれ、偉くなれと言っても、みんなが偉くなってしまったらどうするんだ、と子供心に思ったものです。
  ← 「百日草」 1976(昭和51)年 96歳

 苦しい暮らしの中で三人の子を亡くしました。次男の陽が四歳で死んだときは、陽がこの世に残す何もないことを思って、陽の死に顔を描きはじめましたが、描いているうちに”絵”を描いている自分に気がつき、嫌になって止めました。「陽の死んだ日」です。早描きで、三十分ぐらいで描きました。  
柿
「柿」 制作年不詳→  

地蔵さん
   川には川にあった生き物が住む。上流には上流の下流には下流の生き物がいる。自分の分際を忘れるより、自分の分際を守って生きた方が、世の中によいと私は思うのです。自分自身を失っては何にもなりません。自分にできないことを世の中にあわせたってどうしようもない。川に落ちて流されるのと同じ事で何にもならない。
  ← 「地蔵さん」 制作年不詳

ピカソが好きです。

 絵なんてものは、やっているときは結構難しいが、出来上がったものは大概アホらしい。どんな価値があるのかと思います。しかし人は、その価値を信じようとする。あんなものを信じなければならぬとは、人間はかわいそうなものです。  
あやめ
「あやめ」 1967(昭和41)年 87歳 →  

裸婦
   私はズルいことができないから、つらい。ズルができれば少しは楽なんでしょうが、それができない。
 

← 「裸婦」 1930〜40(昭和5〜昭和15)年


 「いま何をしたいか、何が望みか」とよく聞かれますが、別に望みというようなものはありません。だがしいて言えば、「いのち」でしょうか。もっと生きたいことは生きたい。みなさんにさよならするのはまだまだ、ごめん蒙りたい、と思っています。  
蛇目蝶
「蛇目蝶」 1970(昭和45)年 90歳 →  

生き物が愛しいです。
烏
   紙でもキャンバスでも何も描かない白いままが一番美しい。日本画でも墨だけで描いたものの方が私はいいと思います。
  ← 「烏」 1957(昭和32)年 77歳

 私は名誉や金はおろか、「ぜひすばらしい芸術を描こう」などという気持ちもないのだから、本当に不心得なのです。  
シャクナゲ
シャクナゲ 制作年不詳 →  

へたも絵のうち
   二科の研究生の書生さんに「どうしたらいい絵がかけるか」と聞かれたときなど私は「自分を生かす自然な絵を書けばいい」と答えました。下品な人は下品な絵をかきなさい、馬鹿な人は馬鹿な絵をかきなさい、下手な人は下手な絵をかきなさいとそういっていました。結局、絵などは自分を出して自分を生かすしかないのだと思います。自分にないものを無理に何とかしようとしても、ロクなことにはなりません。だから、私はよく二科の仲間に下手な絵も認めよといっていました。
  ← 「へたも絵のうち」 1975年作

石にも命があります。

 おおまかにいって、西洋の花はいつまでも咲いていて気の長いものです。しまいにはあきがきてしまう。そこにいくと、日本の花は気短です。まだ、じゅうぶんにきれいなのに惜しげもなく花を散らしています。  
牡丹
 「牡丹」 1942(昭和17)年 62歳 →  


熊谷守一記念館

住所/〒508-0351
岐阜県中津川市付知町4956-52
( アートピア付知交芸プラザ内)
TEL/0573-82-4911
開館時間/9:30〜17:00
       (入館16:30まで)
休館日:月曜日(祝日の場合翌日)
 
三毛猫

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